無農薬で自給自足

 今年から、無農薬農業にジャンルに、米つくりを加えます。 冬季湛水にて自然豊かな田んぼにして、ほたるの居る田んぼを創ります。   誰でもが簡単に無農薬の田んぼつくりができるよう田んぼを用意し、定期的に実習教室を計画して、自給自足の米つくりを支援します。  武石川の源流のきれいな水で米つくりをしましょう。  宮 下   和 美 

月曜日, 8月 28, 2017

木曽義仲の足跡

1180年木曽義仲、依田城にて挙兵の狼煙を上げる。
上田市御嶽堂地岩谷堂の北に、御嶽神社の鳥居あり。

字日陰地籍に、義仲の居城跡依田城がありました。依田氏が住まわって居たところを譲って、1180年に義仲が入り、依田氏は「恋応」なる優雅な字の地籍、依田城のやや下方に居を移したそうです。 

その字恋応の谷の中ほどに、御嶽神社がありました。
この時代にはまだ、御嶽信仰はここまで来ておらないと思います。



 この3つの山の中央の谷に、御嶽神社があります。
拡大の中央付近、後ろが玄武、両脇に白虎と青龍の山容が鎮座していて、方角がやや東を向いているだけで、風水的には申し分なき地形と陣容。
正面、朱雀の方角の先には千曲川が横たわり、その先には聖峰、烏帽子と浅間山がけぶりをあげています。御嶽信仰からも、木曽の御曹司が入るに、うってつけの有り様です。

 ワタシの考えでは、神社のあるところが、当時の依田城跡、義仲居城なりの依田城跡は、お住いの城であったのでしょう。

 その前の字馬場において、挙兵の勝鬨をあげたのでしょう。
実際の出兵まで、ほぼ1年この居城に於いて、過ごしたと書かれていました。

御岳堂、歴史研究会のみなさま、史跡よく整えて、散策と考察に楽しい空間になっていました。