無農薬で自給自足

 今年から、無農薬農業にジャンルに、米つくりを加えます。 冬季湛水にて自然豊かな田んぼにして、ほたるの居る田んぼを創ります。   誰でもが簡単に無農薬の田んぼつくりができるよう田んぼを用意し、定期的に実習教室を計画して、自給自足の米つくりを支援します。  武石川の源流のきれいな水で米つくりをしましょう。  宮 下   和 美 

土曜日, 8月 19, 2017

モンゴリアン5(日輪の子)

突厥の兵、阿蘇に遊ぶ頃の名を阿居王、その子をナンジン。
 父は、ひとつの戦いが終わると筑紫都督府から戻ってきた。
 阿居王はナンジンを伴って馬にまたがり、阿蘇の平原を駆け西の山に登って時を過ごした。
 ナンジン「なぜ、馬を食べるのですか?」
王曰く「我らは、馬と共に生き、馬も我と共に生きる。」
「我らは日輪の生まれ変わりなので、自ら死ぬことは許されないので、馬が死ぬと新しい馬を育てて、それとともに再び生きるしかない。」
「馬は我が死ぬと新しい主を探すことなく、食べることを止めて死んでしまう。」
「放っておくと魂の行き場を失い、死ぬことを全うできない。魂を受け取ってやらねばならないのだ。」
「だから、馬の肉は焼いてはならず、生のままを食べるのだ。」
「そもそも食とは、我らが今日食べたもので、明日を生きるのだ。」
「日輪の子は、強くなければいけないので、強い肉は食べても良いが、弱い者の肉は食べてはならない。」
「弱き者を食べれば、明日の我は弱くなってしまうから、日輪の子ではなくなる。」
「例えば、うさぎは弱いので食べてはならない。」
「弱い者を追いかけて遊ぶこともいけない。殺すこともいけない。魂が移ってしまうからだ。」
「戦いで負けた者の肉も、食べてはならない。」
「戦いが終わったら大地に埋めて、魂がその者と共にいつもあるようにしてやらなばならない。」
「必ず我より強き鹿や猪を食べなけれなならない。」
「馬を降りて狩りをすれば、我より弱き者を狩るようになり、それは食べてはならない者になってしまう。」
「したがって馬と二人で仕留めたものは、強き肉の魂なのである。」
「強き者の魂は滅びるわけではなく、我の身になりて我の中に魂を移して、彼が本来生きる分だけ生きることができる。」
「だから、血・肉・内蔵すべてを無駄なく食べるのだ。」
「突厥の兵は、強き馬の魂を受取り、我の中で共に生かすのだ。」